卒隊生インタビュー ①奥田啓太さん(移住7年目)

 こんにちは!さて、今年度は当ブログやSNSにて、ニセコ町地域おこし協力隊OB・OGへのインタビュー記事をいくつかお届けしてまいります。1回目の今回は、2016年5月〜2019年3月の約3年間、協力隊を務めた奥田啓太さんへのインタビューです!


 奥田さんは卒隊後もニセコ町で生活し、“カフェ経営”や“移住支援”、“町内交流施設の館長”など多岐に渡る仕事に携わってきました。ここでは、奥田さんの ①協力隊に入るまでの経緯、②協力隊での活動、そして、③卒隊後の取り組み などを中心にご紹介します。

奥田啓太さん(ニセコ中央倉庫群・館内にて)




協力隊に入るまで

 奥田さんは1985年生まれ。函館市出身。高校まで函館で過ごした後、大学進学とともに札幌へ。

 

 そのまま札幌で就職し、IT関係の企業でWEB作成やセールスプロモーション等を担当した。一方、業務は非常に多忙で「働きすぎ」の状態が続いた。「この先もこのままで良いのだろうか」との悩みが生まれてきた。

奥田さんが過ごした札幌市

 

 そんな中、リフレッシュのために好きだったのがカフェ巡り。スイーツ店での勤務経験もある奥さん智穂さんとともにあちこち巡る中、二人はよく訪れたニセコに好印象を持つように。定年退職後はニセコでスローライフを、と夢見るようになったが、「定年までこの生活を続けるのか?」と疑問を抱くように。「若いうちからやってみよう!地域に溶け込みながらカフェを経営してみたい」という目標を持つようになった。


 まずはカフェ経営に向けた一歩として、カフェ求人を探索。しかし、なかなか地方での求人は見つからず。いろいろと求人を探していく中、偶然にも「ニセコ町地域おこし協力隊」の募集を発見。締め切り1週間前というタイミングだった。奥さんにも相談したところ、OKとの返事が。そこで協力隊に応募することとなった。

リフレッシュのために頻繁に訪れたニセコ町



協力隊期間中の取り組み

 2016年5月、「卒隊後のカフェ経営」という目標とともにニセコ町地域おこし協力隊へ。カフェは地場産品を使いたいとの思いから、地域の農産品直売を手掛ける「ニセコビュープラザ直売会」へ配属となった。そこでは、地元農家さんとの繋がりを作ったり、カフェ経営に有益な観光情報を仕入れたりする機会が得られた。


ニセコビュープラザ直売会


 1年目は配属先である直売会での業務が中心。加えて、当時は現在のようなコロナ禍の自粛もなく、町内のイベント支援が活発。当時の隊員数は10名と現在に比べ少人数であったため、とにかくたくさんのイベントに参加。多忙な1年を過ごした。


 2年目からは、「卒隊後のカフェ経営」に向けた準備を本格スタート。直売会内で“チャレンジブース”を設置させてもらい、お菓子などの試作品を販売し始めた。更に、カフェ経営に加わる収入軸を持ちたいとの思いから、「ニセコ町への移住支援」事業を役場に提案。「カフェ経営」と「移住支援」でもって自立への道を準備していく。



卒隊後の取り組み

これまで

 任期終了前、「カフェ経営」と「移住支援」での自立を準備する中、地域の交流施設である「ニセコ中央倉庫群(現在)」の管理業務の話が舞い込んできた。これを同じく協力隊OBの近藤氏(㈱住まいるニセコ)と受ける形となり、卒隊直後の2019年4月、「倉庫群の館長」と「移住支援」を仕事としてスタート。ほぼ同時に、倉庫群内のキッチンを活用して“ニセコベースカフェ”をオープン。念願の「カフェ経営」もスタートさせた。「倉庫群館長」「移住支援」「カフェ経営」の3軸を回していく生活が始まった。

NISEKO BASE CAFE(Instagramより)


 その後、2020年に入るとコロナ禍による大きな状況変化が起きた。軌道に乗せていたカフェ経営にとっては、大きな逆風に。しかし、一方ではコロナ禍支援としてWEB強化の需要が生まれ、IT業務を役場から紹介・受託するようになった。移住前のキャリアが生きた形となり、仕事の中心も「カフェ経営」から「IT業務」へとシフトしていった。


そして、これから

 2022年3月末、仕事を大きく入れ替えることに。「倉庫群館長」と「カフェ経営」からは退き、「移住支援」と「IT業務」を中心に据えていく。


 ニセコ町に来る際の夢であった「カフェ経営」は一旦お休みする形となったが、実は形を変えての新たなチャレンジを思い描いている。“ニセコの食”というテーマはそのままに、次は「食品加工」事業を興す。すでに昨年は地場産品を活用した“ユリ根バター”を開発・販売した。

好評を博したユリ根バター(同Instagramより)



 カフェは「お客さんを待つ仕事」として時間の拘束が大きかったが、食品加工・販売は「お客さんに働きかける仕事」であり、より柔軟な働き方ができる。「IT業務」で実現させてきた柔軟な働き方を、今度は“食”の仕事でも実現させていこうとするわけだ。奥さん(智穂さん)や5歳となる息子の爽介くんと過ごす自由な時間もどんどん増えていくだろう。

IT業務は場所を問わない。館長退任後も、やっぱり倉庫群での作業が多いそう。



協力隊への応募を考えている人にメッセージ

 最後に、協力隊に興味を持っている方に向けて大事なポイントを挙げていただいた。きっと、現役の協力隊員にとっても参考となるはず。


「柔軟性」

 物事は思い通り100%上手くはいかないもので、地方だからこそ柔軟に対応すべきことも多い。奥田さんのこれまでのニセコ町での取り組みは、まさに「柔軟さ」そのもの。


「人に甘えられる人」

 協力隊員はともすれば都会からきた“能力の高い人たち”。しかし自分だけの世界であれこれやっていても広がりに欠く。お願いできることはお願いしてしまう(甘えてしまう)こと、そして町の方々を巻き込んでいくことは必要なこと。




あとがき

 以上、今回は奥田啓太さんにインタビューしました。お気に入りの丸メガネよろしく、ハートもまん丸な優しいナイスガイ。たくさんの試行錯誤をしながら、ニセコ町での理想の仕事・生活を形にしつつあります。移住支援の窓口も奥田さんです。ぜひ、ニセコ町への移住や地域おこし協力隊に興味がありましたら、奥田さんにも相談してみてください!


インタビュアー:鎌田諭(2年目)